2017年 08月 02日

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【東京M太郎の冒険2】人妻デリヘル嬢に個人調教されたM男

東京M太郎

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僕は裏風俗ビデオボックスのS嬢によってM男としてデビューをした。
そして週に1回のペースで裏風俗ビデオボックスに行くようにになった。
それから暫くして僕はもっと強い刺激が欲しくなった。
結局、また 僕は借金をして行き慣れた大塚のホテトル嬢のところに戻った。
今回の目的は人妻S嬢探しになった。

1人目の女王様との出逢い

僕のM男としての人妻S嬢探しが始まった。
そこで僕はこの願望を叶えるために、昔から利用している大塚の人妻ホテトル嬢にお願いすることにした。
でもこの要求を受け入れてくれる人妻ホテトル嬢はなかなか見つけることが出来なかった。

このため僕はSMクラブに行こうかと悩んだが、年齢が若い女王さまに調教されることに抵抗を感じたため、僕は行くことができなった。
ところが僕の目の前にやっと女王様になってくれる人妻ホテトル嬢が現れたのだ。

それは今のAV嬢でいうと井上綾子似の人妻ホテトル嬢であった。
彼女は僕のM男願望について真剣に話を聴いてくれた。
彼女の名前はK子さんである。

本格的なSM調教より全身改良

僕はK子さんの命令に従った。
はじめK子さんは僕の両手と両足をタオルで縛った。
僕は身動きができない状態でラブホテルの大きなベッドに寝かされた。
そしてK子さんはバイブで僕の全身を攻めてきた。

「どうなのよ、感じちゃだめだと言ったでしょ、バカな男、お前はサルか」
「悪いのはこのペニスだ、踏み潰す」
と強い口調でいうと、K子さんは僕のペニスをハイヒールで踏みつけてきた。
僕は痛いと叫んだ。
それからK子さんのヒールの細い踵がグリグリとペニスを刺激する。
すでにM男になっている僕は、これだけで強い興奮を得た。。

そしてK子さんは裏風俗のS嬢と同じで僕の真性包茎に目をつけた。
Kさんは僕のちんちんの皮を向き敏感な亀頭にローションを塗り掌で刺激をしてきた。
「凄く痛いです」
「包茎はチンカスが溜まって汚いから、綺麗にしましょうね!」
「亀頭がピンク色、もっと鍛えないとだめ、わたしの奴隷になるのでしょ。何度もイキなさい」
僕はベッドのシーツがベトベトになるまで射精をした。

それからK子さんは僕のアナルにバイブを挿入してきた。
また僕は痛いと大声を出した。
「痛い、何が痛いの、もっとアナルを苛めてくださいと言いなさい」
K子さんはたっぷりとローションが塗られたバイブで、僕のアナルをグリグリと奥までついてきた。
そして僕は前立腺を刺激されて何回も精子を出してしまった。
K子さんはその精子を手で掬い僕の口の中へ入れてきた。
僕は自分の精子を飲んだ。

人妻デリヘルK子さんからの週1回調教

僕はK子さんの命令によりプライベートで逢うようになった。
それはK子さんがホテトルの仕事がお休みの日である。
場所は西麻布にあるSM専門のラブホテルであった。

首輪を付けられ、ホテル内の廊下を散歩。
陰毛を毟り抜く
全身針刺し
陰嚢とペニスへのヒール踏み

女王様のおしっこを飲む。
ペニス 尿道
浣腸
鞭打ち、ビンタ、
2人の女王様
M男交換

十字架に手足を括り付けられ、鞭打ち、

ここではK子さんが買ってきた手枷足枷、首輪に鞭で僕は調教を受けた。
僕は本格的にM男として女王様からの調教を受けるようになった。

僕はK子さんから1年間、SM調教を受けた。
そして僕はノーマルセックスでは勃起しない男になった。
僕の真性包茎は、Kさんがお金を出して手術した。
僕の敏感な亀頭はKさんによって開発された。

K子さんと僕は洞窟部屋と鏡の部屋でプレーをした。
「ここで裸になりなさい」
ドアを閉めた直後に僕はK子さんから命令をうけた。
僕はK子さんの命令通りに全裸になった。
「優秀ね」
K子さんは大きな瞳をつり上げ笑みを浮かべながら、キャリーバッグから黒い貞操帯を取り出した。
僕は勃起することができなくなった。
「オナニー男、苦しめ、感じるな」
そしてK子さんはバイブで僕の前立腺を刺激してきた。
僕のちんちんは貞操帯の中で大きく腫れ上がった。
「女王様、許してください。オナニーが好きな僕が馬鹿です。許してください」


そして、僕はそのホテルで義弟の嫁である義妹と擦れ違ってしまったのだ。


文|東京M太郎


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このコラムを書いた人

東京M太郎

40歳の若さで某内資系製薬メーカーの取締役営業本部長になった。その後、ヘッドハンティングを受け某外資系製薬メーカーの取締役開発本部長になった。ここでは日本で未承認であった抗がん剤を3剤上陸させた。それは32歳の時にM男になってから運勢が激変したためのものである。そして49歳になった時、すべての社会的地位と家族を捨て20人目の女王様の奴隷兼紐(ひも)になった。現在は小学校の時に読んだ奇譚倶楽部を思い出し、団鬼六と扇紳之介の研究に没頭している。因みにTOEICは948点である。

東京M太郎

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