2016年 07月 28日

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「豊臣秀吉がアナルしか知らなかった説」を調査する

つかもとまさし

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「日本ではいつ頃からアナルセックスがおこなわれていたか?」というところを調査するうえで、避けて通れないのが、戦国時代あたりの時代背景ではないでしょうか。かつての日本は「男尊女卑」という言葉が浸透していたとおり、「男性中心の世の中」であったことは事実です。そんな中で、なんと男色一辺倒の時代があった、というのです。そんな中で、「豊臣秀吉になかなか子供ができなかったのは、アナルセックスしか知らなかったからだ」という説が、まことしやかに伝えられていますが、本当なのでしょうか。

戦国時代は、現在より男色がメジャーだった?

日本におけるアナルセックスの歴史を紐解いてみると、「戦国時代には男色が横行していた」、といった話が結構すぐ出てきます。確かに、ある有名な歴史小説には、かなりの頻度で男色のエピソードが盛り込まれていて、必ずしも後付の作り話とはいえない部分があります。古くは平安時代の藤原頼長の日記に、既に同性愛と思しき記録が残っていたり、有名な万葉集にも、男色を暗示する和歌が収められていたり(大伴家持の歌ですが、解釈には諸説あります)で、このジャンルに関しては、日本も古くから欧米なみに進んでいたことがわかります。

豊臣秀吉に子供ができなかった理由

このような中、有名な豊臣秀吉は、この時代では珍しい(?)「生粋の女好き」であったにも関わらず、子供を授からなかったことで知られています。何人も側室(つまり愛人を含めた奥さんという立場の女性)がいたのですが、子供ができたのは晩年に側室となった淀という女性のみ、とされています。ここで浮上したのが、「アナル好き」説です。

真偽は不明

男色全盛とされる時代にあって「稀代の女好き」で知られた秀吉が、実はアナル好き、または「アナルしか知らなかった(たまに間違えて普通に行為をおこなった)」との憶測が議論を呼んでいるとは、なんとも興味深い話です。昨今ではこのあたりの事情を含めて興味を持っている女子(「歴女」とかいわれていますが、ボーイズラブの客層とも一部被っているようです)も増えていて、周辺の話題がネットをにぎわせたりしています。真偽の程は不明ですが、合コンなどでの話のネタなどには使えそうですね。


文|つかもとまさし


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